そういえば…… 

忘れてる人も大半だと思うが、私は12Doorsと言うゲームのファンである。
そして今日はその主人公の(一応)誕生日と言うことになっている。
……気の利いたネタが無い。
とはいえ、その出自の複雑怪奇、生まれた直後の状況もアレ、である。
果たして素直に自分の生まれた日を祝えるのか……と、思ったのだが
ジャックあたりが「フン……」とか言いながら色々揃えてそうである。
MFD主人公に到っては何も知らずにいればよい。

メサ本人も無邪気に祝ってるといい。
気付いて凹むのは後で良し(鬼
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[ 2007/06/28 18:35 ] MFD | TB(0) | CM(0)

臆病者のL Sec3-Log- 

Sec3-Log-

 日本から帰った空港に、父の出迎えは無かった。
 携帯からも出なかった。
 空港の係員からは、来てはいないと。
『……さんのお嬢さん、だね?』
 代わりにスーツ姿の男から聞かされた、億単位の借金。
 どうみても、カタギじゃなかったな。

 朧気た意識の中に、情けない声が聞こえた。
「この人、どうしよう……」

 逃げ込んだ先。やっと手に入れたと安堵の地に転がっていた、肉の塊。
『あっ……と、重……いだだだだ!姉ちゃん足、足踏んでるー!』
 血の気を失いかけた私を支える、黒人の少年。
 その肉塊を見据える、赤毛の男。
『あーあ……これじゃジャックだな』
『?』
『知らない?身元不明の死体のことを、ジャックって言うんだよ』
 言葉を日本語に切り替え「こっちじゃな」と付け加える。
 大人が日本人だらけだったお陰で、アメリカの風習に疎かった。
 名無しのジャック。
 それを何となく気に入っていた。

 自分を抱えたままの男が屈み込んで、死体の顔を覗く。
「……じゃない……」

 そのお陰で、助かったのかもしれない。
 そう思ったとき、全てが夢だと気付く。
 全ては、瞼の裏の出来事だった。

 背中は柔らかい感触を捉えている。
 ベッドの上。花柄の壁紙から察するに女性の部屋。居住区だろうか。
 記憶を辿る。少し情けない声。抱え上げられた感覚。
 昇降機が上がってる以上あの男が下手人では無い。
 そんなことを、どんな順番で考えていたんだろうか。

 体を起こすのも億劫だった。人の気配は無い。
 流石に、トチ狂って銃器で殴りかかるような……。
 もう少し冷静にいられたら、少なくとも独りにならずに済んだのだろうか。
「アホ……」
 マスク、つけっぱなしだ。気が利かないのか、やはり外したら不味いのか。

「!」
 悲鳴。考えるより先に飛び上がって銃を……手元無いし。
 それでも、まだ生き残るつもりはあるようだ。
 人間の声じゃなかったな……いや、それよりも武器を探す。
 少し視線を巡らせたら、机の上にあった。拾った拳銃もしかり。
 その近くに置かれている、女物の便箋が目についた。
 目につくように置かれていた?
 流し読みしただけで、洒落にならない内容だと解る。
 いくつかの症状……感染……毒物と思しき英数字の羅列……
-あんな姿になるぐらいなら、人の姿のまま速やかな死を選ぼう-
 遺書だった。
 マスク、うっかり外されなかっただけいいようなものか。

 ドアの軋む音。
 反射的に銃口を構える。
 銃口の先で、あの男がホールドアップしてた。
「気が付いてましたか」
「あ、ああ」
 しっかり傭兵としての訓練は染みついているが、ここでは邪魔だ。
 銃口を下ろす。恩知らずも良いところだ。
「すまない。それと、さっきも……」
「仕方在りませんよ。あの状況では」
 あっさり許された。
「前も似たようなことがありましたし」
 ……散々非礼を働いてなんだが、その格好じゃ仕方ないと思うぞ。
 頭からつま先まで黒ずくめで……。
 そのつま先の横に、喀血した女性。
 狼狽えずにすんだのは、誰なのか見当が付くからだろうか。
「そう言えばここは?私はどれだけ寝ていた?」
「先ほどのフロアのすぐ下、居住区のようです。時間は10分程度でしょうか」
「そうか……」
 遺体の前に膝をつき、半開きの目を閉じさせて、口元を拭う。
「……?」
 ついでに、ベッドの上に寝せてやる。
 寝床を借りたから、このぐらいは。
「そういえば、人を捜してなかったか?」
「?」
「私の横にいた男の身元を確認してたろ」
 初対面で発狂し。
「ああ……そうです。我が友が、あなた方と共にここに来ると」
 二度目には銃口を向ける。
「だったら一緒に探さないか?」
 それでいて、我ながら虫が良すぎる。
「そうですね」
 違う。コイツが警戒しなさすぎるだけだ。
 文句を言う筋合いじゃないのは解ってるんだが。
「どうしました?」
「いや……何でもない」
 人は、多い方が良い。

 結局こんな動機だったから、会話らしい会話もあるはずがなく。
 階段の踊り場辺りまで無言で歩を進めていた。
 その辺りで、互いに足を止めた。
「……聞こえました?」
 銃声と、悲鳴。
「急ごう!」
 先に扉を蹴破ったのは、私のはずだった。
 銃声、悲鳴、追いつくのがやっとの背中。
 広場を抜けたあたり、悲鳴、途絶える銃声。
 飛び出した廊下の先にいた、赤い人間。
 その手に、首のひしゃげた人間。
 躍りかかる黒いコート。光る剣閃。倒れ込む巨体。
 そこを中心に、床が沈む。

 全てが一瞬で、緩慢だった。

 よろける黒いコート。伸ばす右手。伸びてくる赤い手。叩き落とす青い閃光。
 支えを無くしたコートの男、その手を、掴む。

「っ!」

 その瞬間、重さを支えきれず前のめりに倒れ込んだ。
「っ……痛っ……」
 それでも、握った右手は一人分の重量を手放していない。
 代わりに二の腕から肩に掛けて……半端無く痛い。
「無茶をなさる人だ……」
 自分でもそう思う。
 痛む肩に無理を強いる前に支えていた重みが消える。
 軽々と這い上がるコートを横目に、私はぽっかりと開いた闇にうなだれていたが。
「助かりました」
 腕と、肩と、銃が変な位置で下敷きなったのか脇腹も痛い。
 骨がどうかなっていたり肩が抜けたって事は無いようだが。

 穴の向こう側に、もう生きている姿は無かった。
「哀れな……」
 あとちょっと、あとちょっと早かったら……もしかしたら……。
 たかが、10分……。
「くそっ!!」
 壁に拳を叩きつける。
 それでも、痛みを恐れて力をセーブしている自分がいた。

 万全を期して穴の底に手榴弾をほっぽりこむ。
 ……爆音は、聞こえて来なかった。
「命拾いしたみたいだな」
「いえ……これは底が抜けたというよりも……」
「どうした?」
「いえ、何でも」
 ぽっかりと空いた穴の奥に、下にフロアがあることを示すものは何も見えなかった。

 ……電源がやられたのか薄暗いフロア。
 所々脆くなっているのか剥がれ落ちた壁面。
 さっき拳を叩きつけた場所はぽっかり穴が空いていた。
 それらに煽られたとおり、ろくな結果が無い。
 ミリタリーベストと防護服の随所にあるポケットだけが重みを増す。
 しまいにはバックパックを失敬してそこに詰め込まざるを得なくなった。
「我が友では無い……」
 手分けして確認しようかとも思ったが、どう見分けているのか聞いたら、帰ってくる返事は要領を得ない。
 ……つまり何となくで解ってしまうような間柄ということか。
「よほど親しいんだな」
 死体の確認をする度に不安と安堵がよく解る。
 意外と分かり易い奴だった。
「はい、私を地獄から救い出し、生きる術を与えてくれた恩人です」
 今だって声色が明らかに違う。
 いや待て……地獄?
「どうかしましたか?」
「あ、いや……まだ名乗ってなかったな。私はL。傭兵だ」
「私はカーソル。イブルスレイヤーです」
 変な名前。それって職業名なのか?
「イブル……ここで見たバケモノの類か」
 悪魔狩り、か。
 今更現実もへったくれもないが。
「ええ。あれを産みだしたのも、時はなったのも、あなた方の財団の仕業です」
「お前の友人も、こっちの兵士なんじゃないのか?」
 口にしてからスパイという可能性に考えが到るが、私の指摘に何ら反応を示さない。
 このフロアに降りてから何人目かになる死体も、尋ね人では無かったようだ。
「はい。古巣に潜入して、真相を確かめると」
「ウチが作ったって事はここの連中が盗み出したって事か?」
 そして解ったことがもう一つ。
 人間の好奇心というものは案外図太い。
 割れたマスクの奥、弾を撃ち尽くした絶望の目はあえて見ないことにした。
「いえ、研究施設は自爆装置によって跡形もなく破壊されました。施設を包囲していたラストバタリオンのミカエル隊と共に」
「その研究施設とやらが、さっき言っていた地獄ということか?」
「……はい」
 悪夢再びというわけか。
 それでも脇腹はまだ痛むし、ロッソもイドももういない。
 目が醒めても帰る場所だけが無い、か。
「……Lさん?」
「あ、ああ。これで全部か?」
 差し出された手の平には強化弾のマガジンが収まっていた。
「すまない……先を急ごう」
 便乗させて貰う。それだけでいい。

 だからさっさと……さっさと……。

「なあカーソル」
「なんでしょう?」
「階段は?」
「……崩落していますね」
「登りは?」
「シャッターが降りてますね」
 ……いきなり進退ままならなくなった。
 マシンガン程度で何とかなるようではなさそうだ。
 カーソルのコートの背中、ベルトに挟んである剣に目が突いたが、生物にしか効果はないと。
 あの真っ赤なデカブツに斬りかかれるぐらいだから、そっちには絶大なんだろうが。
「どうする?」
「他の道を探すしかな……ん?」
「どう……うわっ!」
 何か変だな。そんな違和感が、体を突き上げる振動に変わるのにさほど時間はかからなかった。
 足が縺れて、気が付いたときには……。
「大丈夫ですか?」
 黒コートにもたれかかっていた。
 そうとう盛大にすっ転んだのか、それこそ胸に飛び込むような……ような……。
「Lさん?」
「ん、あ、うん。大丈夫大丈夫大丈夫!!」
 何安堵してるんだ私はーっ!!
「体温が上がっているようですが」
「き、気のせい気のせい気のせい!防護服越しだから!」
 そういやコイツ素手じゃねーか。
 いやこんな時にそんなこと考えてる場合じゃなくてー。

「あのLさん?」
「え、あ、う、うん……」
 いざ冷静になってみると……シャッターが歪んでいた。
 扉は開けっ放しだったお陰で閉じこめられることこそ免れたが、開いたまま動きそうも……。
「奥の扉は!?」
「!」
 廊下の奥。その結果は、案の定だった。
「閉じこめられた……」
 扉が開く気配は無い。
「そうでもありませんよ」
「……え?」
 後ろにいたカーソルの横にぽっかりと空いた穴。
 壁に見える線路状の金属のラインは、エレベーターの内部だろうか。
 ぶら下がっている分厚いワイヤーは、頼りなげに揺れている。
「なあ……まさかと思うんだが」
「ここから降りられそうです」
 やっぱり……いや、他に道は無さそうだし、ヘリ降下でワイヤー降りたけど。
「本気……?」
「他にありませんよ」
 ワイヤーまでの距離……最後に走り幅跳びしたのはいつだったけか?
 いやグラウンドならともかくこの狭い廊下で、ランニングじゃなくて重装備で……。
「どうしました?」
 打ち据えた脇腹が痛むのは、誤魔化しだ。怖じ気づいてるだけだ。
 大丈夫。体力と筋力だけなら、あの頃よりもあるんだ。
 たかが5㎏強……ぜ、全然たかがじゃない。
 駄目だ。ここで飛ばないと野垂れ死ぬ。
 震えてる場合か。怯えてる場合か。
 L……走れ。まかりなりとも、選手だったろ、私!

「?」
 震えてる足が、宙に浮いた。て……。
「まだ痛むようですね」
「え、いや、ちょっと?その……」
 腰から、がっしり支えられて……壁際まで下がってるんだが。
「まさか……」
「しっかり掴まらないと危ないですよ」
「             っ!?」
 そのまさかだったーっ!!
 空いた手で壁掴んで、蹴って反対側飛んで、蹴って、飛んで、蹴って、飛んで……。

 長かった。慣れてきて、だんだん暗くなって来て……。
「……」
「Lさん?」
 本当に真っ暗になってしまったんだが。自分の手すら見えない真っ暗闇。
 下ろされた直後……目の前に浮かぶ人の顔。
「!!!!!!!!!!!!!!!!」
「軍用の懐中電灯ですね。液漏れもしていないようですから使えますよ」
「て……照らし方考えて……」
 下から覗き込みながら動作確認しないでくれぇ……。
「私は夜目が効きますが、あなたには必要でしょう」
「あ、ああ……」
 いよいよ人間離れしてきたな……。今更どうでも良いことだが。
 ……そう。どうでも良い。
 一人じゃない。それだけで良かった。
「銃に括りつけるからちょっと待ってくれ……どうした?」
 ふと、カーソルの視線が上に(と言っても真っ暗で何も見えない)に向けられているのに気が付いた。
「……」
 右手が、背負った剣に添えられていた。何か、いる?
 懐中電灯を括りつけた銃口を向ける。
「!」
「でっ!!」
 破砕する壁。体が横に吹き飛ぶ。
 巨大なハサミの化け物。肩をしたたかに打つ。
「エクスカリバーのエネルギーが……!」
 ヤバイのか、その危機感で飛びかけた意識が戻る。
 上半身だけで狙いを定めた先には……。
「……あれ?」

 誰もいなかった。

 残っていたのは、頭上の壁に空いた穴だけだった。
[ 2007/01/06 14:46 ] MFD | TB(0) | CM(0)

臆病者のL Sec2-Lonely- 

 扉を蹴破った先は、そのままだった。
 穴の開いた死体。血の引きずられた絨毯。
 扉横の赤い手形、転がった椅子。
 全て、そのままだった。
「クラウ……ディア?」
 人が一人、引きずり込まれた後とは思えないほど、そのままだった。

 状況の確認。それが、私に残った最後の度胸だったらしい。

 逃げた。
 恥も外聞もなく走った。
 馬鹿だ、屑だ、最低だ。
 あの扉を蹴破ったら、まだ無事だったんじゃないのか?
 自分は未知の何かに挑めるような人間か?
 行き先など解らない。エレベータは動かない。
 屋上にも……あの廊下にも戻りたくない。
「ぉー……ぃー……」
 一人取り残されたら、クラウディアほどの度胸も無いくせに。
 でも、いざ一人になってみないと解らないじゃ……。
「おい!鍵落としたぞ!!」
「!!」
 足下から聞こえた、鋭い声。
 同時に手元を見る。その向こうにぽっかりと開いた黒い穴。
 昇降機の前まで来てしまっていたらしい。
 ……結局、この期に及んで逃げる算段を考えてるのか、私は。
「シカトすんなコルァっ!!」
「あ……」
 声は、この下から?。
 私以外で、初めての仲間の生存者!
「今そっちいく!」
「おーう……じゃ、上げるからな」
 元気そうな声。安堵を思えば、昇降機の軋む音も気にならなかったが……。
「!」
 バケモノ付きは勘弁して頂きたい。。
 人間大の、両腕に皮膜をぶら下げたような……。
 一言で言えば、コウモリ男で済む。
 当然の事ながら死んでいる。
「……今度はこれか」
 気味の悪い物と一緒に、これまた気味の悪い階下へ。
 声の主は、そこにいた。
「コウモリはお嫌いで?」
「有らぬ方向に曲がってるのは足だけじゃないようだな」
 恐らくは資材室の片隅。自分の体温と汗でマスクを曇らせた男がそこにいた。
 この状況で、その状態でよく軽口が叩ける。
 薄曇りのマスクがしげしげと顔を覗き込む。
「ひょっとして、女?」
「……介抱より介錯が欲しいか?」
「カイシャク?」
「ハラキリで死ねなかった時にやること」
「うへ、そりゃ遠慮するわ」
 怪我人は足を引っ張る敵ってのは誰の言葉だったか。
 流石に止血は自分でやっているようだが……。
「骨の向き、治すぞ」
 一瞬引きつられた気がするが、事が事。急を要する。
 単純骨折のようだし私でもなんとかなるということで。
 ごきっ。
「んがーっ!!」
 遠慮なく修正。いい年した男が泣くな。
「か、可愛くねえ……」
「傭兵に期待するな。それより、お前一人か?」
「全員そいつの腹の中」
「!」
 そう言われて過ぎったのは……条件は、私とさほど変わらない。
 いや、私の方がまだ……。
「すまない……」
「あー……冗談だよ。向こうにまだ転がってる」
 ……何が違うんだ。
「そうしょげるな。他の隊にだって悪運の強いのがいるだろうし、とっととズワイガニに頼んで回収ヘリ呼んでもらおうぜ」
「ズワイガニ?」
「ダチの考案したスワイガート隊長の愛称」
「……」
 笑いをかみ殺す練習をするなら、今のうち。
 口元はマスクで隠れるけど、目元もヤバイ。
「で、ズワイガニてなんなの?」
「知ったら、傷に響くからだめ」
 いるもんだな、同郷者。
「そんなに笑う所だったの?」
 その同郷者も、もういないのか……。
 そろそろ行こうと立ち上がったところで、掴まれる。
 もう一方の手がマシンガンを差し出していた。
「強化仕様だ。これがうじゃうじゃいるんだぜ?」
 そう言って、コウモリの亡骸をしゃくる。
 渡された装備は強化水銀弾仕様の銃及び対人手榴弾少々。
 代わりに、私が持っていたマシンガンを渡す。
「三枚目までは大丈夫だと思うけどねーぇ」
「……主役はどこだ?」
「探して来るのがヒロインの仕事♪」
 踏んでやる。
「んがぁーっ!!」
 やれやれ。自分がそうだと言わないだけまだマシか。
「大人しく待ってろ」
「か……可愛くねえ……」

 それだけ軽口を叩き合っておきながら、いざ扉を閉めると静寂が支配を取って代わる。
 人のいる安堵をくれるだろう銃声も悲鳴も無い。
 警戒心を掻き立てるであろうコウモリの羽音も無い。
 無機質な、鋼鉄に囲まれた空間は、ただ、静かだった。
「……大丈夫」
 深呼吸一つ。
 添え木代わりの一本ぐらい、探し出せないでどうする。
 大丈夫。なんとかなる。何とかしなきゃ。
 二枚目の扉を開ける、防音性の無いそれは、この先も静寂の中にある事を教える。
 おびただしい数の死体のことは、黙ったまま。
「……っ」
 食い荒らされた人間の残骸と、傷一つ無いバケモノの死体。
 人も、魔物も、所狭しと並ぶ、血肉の海。
 足が竦む。ダメだ。喉が焼ける。怯むな。
 とにかく、足を進めろ、無理にでも。
 死体の山から装備を回収。殆どの連中が強化弾装備だった。
 ……水銀弾、そんなに効果はないとロッソが言ってなかっただろうか。
 それを、何故こんな大量に?無いよりは遙かにマシなのかもしれないが。
 とにかく歩いた。薄暗い廊下。扉を開ける。
 視界が途端に明るくなった。
 月が綺麗だった。
 電源の落ちた室内より、月明かりに照らされた屋外の方が、展望ラウンジの方が余程明るい。
「こんな皮肉があるか……」
 そこにだって、やはり転がってる肉の塊。
 人だったものは、相変わらず食い荒らされていたが、明度の増したラウンジだから気付いた。
 バケモノの体に、傷らしい傷。
 焼けこげたような……マスクがなかったら本当にそんな臭いがしたかもしれない。
「中のも、そうか……?」
 やったのは、人間?
 死体検分もかねて、装備の回収に余念のない自分が嫌になる。
 部屋の端まで辿り着いてふと、しかいに場違いな物があるのに気付く。
 インスタントの、ハンバーガー。
 目の前に自販機があるからそうでも無いか。
 そういやここのバイトに決まった奴、今頃どうしてるのかな。
 ……探すべき物は見つからなかった。
 まさか椅子の足や観葉植物をへし折って使うわけにもいかないし。
 添え木の他に、杖代わりになりそうなものも無意識のうちに探していた。
 愚の骨頂だと思う。足手まとい所か、私が殺しかねない。
 それでも、死体の群を眺めると思う。
 独りは、嫌だ。
 早く見つけよう。応急キットも十分ある。無理矢理ギブスを作るぐらい。
 更に先へ、扉を開けたその先で。

……くっちゃ、くっちゃ……

 バケモノがお食事の真っ最中。
 黄色い目が、こっち向く。
 気付かれた。
「キシャーッ!」
「!!!!!」
 体を翻す。さっきまで首があったとこを薄汚いオレンジの影が走る。
 ガラスの割れる音がする……自滅?
 ……振り返る。飛んでる。大きい、しかし体の割に小さい羽で。
「くそっ!!」
 銃を構えるより飛び込むのが早い。
 体当たりで叩き割った窓ガラスの破片など、意に介して無い。
 動きを、動きを止めないと。
 3度目、狭いラウンジの中をジグザグに逃げてる結果どうなるか。
 風が寒い。
 ドアに向かおうとすればまず行く手をふさがれる。
 ガラス戸はもうその意味が無い。
 外の怪物。中の自分。内側だけで逃げ回るハメになったら、落下の危険と戦わざるを得なくなる。
 装備は、マシンガンと、対人手榴弾……。
 チャンスは、窓の外に向かう突進。
 身を翻す。壁を手前に、背後に回る。
 壁に足をつけたまま、反動による第二派を回避。
 派手な花火になりそうだっ……!
 投げつけたそれは、過たず獲物に向かい、
 ぽふっ
 ……実に間抜けな音を立てて顔面を捉えた。
 何で、この期に及んでハンバーガーと手榴弾間違える自分。
 何やらもそもそと動いているので、多分食い物という理解は……銃口を構える。
 狙うのは翼。
「最後の晩餐は満足か?」
 動かない的を射抜くのは、造作も無かった。

 結局、巡り巡って元のエレベーターホール。
 静かだった。だから聞こえた。
 微かな音。蒸気が噴き出すような、規則正しい音。
 近くの扉を開く。巨大な機械の並んだコンピュータルーム。
 音の正体は、その奥で壊れた自動ドアだった。
 目当ての物になりそうなものは期待出来なかった。出ようと思う。思った。
 扉一枚隔てた背後でコウモリの羽音が聞こえて来なければ。
「……どうすんだ」
 強化弾は随分あった。補充した分もしかり。
 それでも、何時何があるか解ったものでは無いから倹約するに越したことはない。
 奥の扉を調べようと思ったのは、タダの時間つぶしだった。
 気密室の向こうの扉……馬鹿だと思う。何がいるか解ったものじゃないのに。
 堅い扉。半開きになった先に、拳銃が転がっていた。
 拾い上げはしたが、見覚えがあると思ったのは、部屋の中を見た時だった。
「……っ!!」
 知覚より先に行動が先んじる。
 飛び散った粘液。脈動し、血の滴る天井。
 その鼓動が一回を数える前に扉を閉めた。
 拾った拳銃は、クラウディアに渡した……この部屋の真上は……秘書室?
 離れて……逃げ……。
 背後の自動扉から、何かがぶつかる音がする。
「……最悪」
 何でバケモノが扉開けられるんだよ。
 何処にそんな知能があるんだよ。
 ドアが軋んでる。バケモノが飛んでる。
 次突撃されたら、多分壊れる。
 後ろには、行きたくない。
 自動ドアは、もうドアでなくなってる。機能を無くした、ただのアクリル版。
 だけど、私が思いついたことの残酷さを考えれば、このまま、ドアごと潰された方が良かったのかもしれない。
 後ろ手に、ドアのバルブを緩める。
 出るな、出るな。そう祈りながら見るバケモノの突進は、嫌に緩やかに見えた。
 激突。砕けるガラス戸。身を翻し、バケモノが扉の奥に飲み込まれるのを見る。
「ッ!!」
 閉めた。無我夢中でバルブを閉める。
 バケモノの外見通りの醜悪な声が聞こえる。
 悲鳴に似た声。本能で恐怖を感じるような声。
 鼓膜が震えてる間中、バルブを、回らなくなっても閉め続け……。

 やがて何も聞こえなくなった。

 逃げた。自分がバケモノの二の舞になる前に。
 パイプ椅子が足に絡まる。へし折れたその足を拾い上げる。
 僅かに残った理性が、これは使えるぞと言っていた。
 目敏いというか図々しいというか、悪いことではないからいいようなものの……。
 蹴破るように広間へ抜けた。
 その時、トイレの個室が目に付いた。
 時間だけを考えるなら、ここが手っ取り早いことに気付く。
 防護服は着てる。足の切り傷は見受けられなかった。
 ブラシとモップで添え木と杖は事足りる。
「アホだ、自分……」
 時間以外の文句は聞いてやる義理はないが。

 その部屋は、遮蔽物一つで随分レイアウトが変わっていた。
 昇降機が上がっている。ただそれだけの事で。
 その影から、投げ出された足が見える。
 ……何のことはない。万一のことを考え、遮蔽物を作っておけば、物陰からバケモノを撃てる。
 ただ、体力の減少のせいで、眠ってしまった。
 バケモノが入った形跡は、無かったんだから……。
「おい」
 どうして?
「添え木と、杖、持って来た」
 何故、こんなにも何もできない。
「安全確保しながらなら」
 道を一つ間違えただけで……。
「一緒に……」
 その男のマスクは、バイザーの中央に穴が開いていた。
 その表情は、ひび割れたガラスに阻まれて見えなかった。
 もう、杖も添え木も、必要なかった。
「おい……」
 肩を掴む。防護服の上。筋肉、全部差し引いても……冷たい。
 冷たくて、堅くて、重い。
「おい!しっかりしろ!!」
 まだ、名前も聞いていない。
「起きろ!目を開けろ名無しのジャック!!」
 起きてよ。
 ここで眠ったら、身元不明のジャックだぞ。
 胸ぐらを持ち上げる。腕は力無く垂れ下がる所か角度を変えることさえない。
「何で……」
 そうだ。私達は、人を殺しに、ここに来たんだ。
 ……馬鹿だ。
 定められた敵は、最初から人間だった。
 あんな扉一枚に、何の意味がある。
 行くべきだった。
 無理にでも連れて行くべきだった。
 横に重さを感じていれば、あんな無為な寄り道なんてしなかった。
 置き去りにしなければ、こんな所で、何もできずに死んじゃったり……。
「もう……嫌だよ……」
 馬鹿だよ。街を彷徨ってりゃ、まだ、まだ何とか……。
 残ってる連中と、一緒にいれば良かったじゃない。
 怪しい宗教団体なんて、何でほいほいついて……。
 ロッソは……どうして……。
 イドは……中身は子供だったのに……。
 班長……別れた奥さんいるって……。
 私……帰る場所が無い……。

 誰が……どうして……。

 もう嫌だった。一歩も、動きたくなかった。
 なのに、下手人の手に掛かっていいと思っていたのは、側の気配に気付くまでだった。
「あの……」
 人間だった。
 漆黒のコート。先の尖った奇妙な帽子。
 あまりに、異質な姿だった。
 死神だった。
「く……」
「?」
「来るなああああああああっ!!」
「!!」
 コイツが、コイツが、コイツが、コイツが、コイツが、コイツが、コイツが!
「お、落ち着……」
「あああああああああああああっ!」
 銃口を向ける。
 照準を合わせる。
 基本となるべく動きは、意識の外。
「くっ……!」
 標的を見失う。
 体の動きが、何かに遮られた。

 そのあたりから、理性は、音もなく姿を消した。

 ……最初に気付いたのは、脇腹に走る鈍痛。
 視線の先に、何も無かった。
 鈍痛に意識が埋もれかける。
 その中で知る。

 ……肩に残る痛みが意識を手放し荒れ狂った報い。

 ……鼓膜に残る余韻が、自分の悲鳴の残滓。

 冷たい床の感触。

 横目に見える、躯となった男。

 沈みかけた意識に響く、安堵の声。

「……じゃ、ない……」

 つられるように、私の意識も闇に堕ちた。
[ 2006/10/04 14:38 ] MFD | TB(0) | CM(0)

臆病者のL Sec1-L- 

 頭にはガスマスク。体には防護服。
「報酬を受け取る気がある者だけ契約書にサインしろ」
 肩にマシンガンまで下げさせた状態で何を言うか。
 そして、拒めば待っているのはあの冷たい路上。
 生活の場を共にした連中が次々と名前を連ねる。

 Name L……エル
 Sex Female……女性
 Race Asia……アジア

 ラストホープと言う名の宗教団体に拾われた私達に示された道は二つ。
 傭兵になるか、否か。
 私がそれに名を連ねたのは……独りであそこに戻されるのは嫌だったからだ。

 そして駆り出されるは宗教戦争。
 相手はファティマの夜明けとか……どっちも一度TVで見たカルト教団の名前なんだが。

 もう後戻りは出来ない。
 それでもまだ、本部ビル屋上の退路確保を命じられた私に地獄は無縁のものだと思っていた。
 報酬は結構な額だったから、それを元手に真っ当に生きる道が見つかればいい。
 良い月夜だった。眼下に広がる森。ここは陸の孤島。
 作戦が終わるまで月見でもしていよう。
 慌ただしく降りて行く他の班の後ろ姿を眺めながら、そう思っていた。

 23:00。作戦開始。

 だけど、たった数ヶ月の訓練は皆を変えてしまっていた。
 そして、私も。
「おい、行くぞ?」
「え?」
 所詮はごろつきだったか、訓練の結果気が大きくなったのか、持ち場を離れると言い出した。
 手柄が欲しい。それだけの為に。
「ダメダメ。そいつも中身は、女の子なんだし」
「ロッソ、その減らず口にパイナップル詰めてやろうか?」
「出来る?」
 無理。
「じゃ、そいうことだから。お前は必死になって俺達止めたって事にしといてやるよ」
「あっ……」

 待って……。

 何故追わなかったのだろう。何故止められなかったのだろう。
 皆逝ってしまった。私独り残して。
 回収ヘリが、屋上でへたりこむ私を見たらどう思ったかな。

 月が綺麗だった。
 数ヶ月前、初めて見た殺人の現場。
 そこから逃げ出した先にいた男の銃をかすめ取ろうとした晩もこうだった。
 その男が、この部隊の隊長だった。

 そして……。

「……やめよう」
 情けなくへたりこむのは。それこそおかしい。
 一人で突っ立っているのも変だ。
 一緒について行って、一緒に叱られるか。

 23:15。行動開始。

 古ぼけた階段を下りて扉を潜った先の廊下は、
「何……これ……」
 血の海だった。赤くべたつく足下。転がっている、同じ班の連中。
 さっきまで、ついさっきまで……。
「班長……イド……?」
 悪い冗談と、言って欲しかった。
 解っていても、揺すり起こそうとしたら、腕がもげた。
「っ!」
 飛び退いた先の嫌なべとつきに壁から体を引き剥がす。
 解っていた。解っている。この出血で、四肢がバラバラで、生きてるはずなんて無いって。
 でも、なんだって、いくらなんでも、初陣で、こんな……。
 本当に、本当に私独りなのか? 他に、他に誰か……!
「ロッソ!」
 あの減らず口。サバイバルに足手まとい連れて生き残った奴。
 突き当たりにへたりこんでた。
 何にも、考えてはいなかった。
「ロッ……」
 ただ、駆け寄って、掴んだ肩が、有らぬ方向に転げ落ちた。
 ロッソは、色々と、もう訳が分からない状態になってた。
 これは夢だ。悪い夢だ。目が覚めたら、新聞紙にくるまって……
 いや、いっそあの家のベッドで目が覚めてくれればいいのに。

 逃避したところで小鳥のさえずりなど聞こえるはずもない。
 代わりに聞こえてきた、嫌な重低音。
 規則的に繰り返す、軋むような音が私を現実に引き戻す。
 足音? 警備の誰か? 胸騒ぎを押さえつけて、廊下の曲がり角に照準を合わせる。
 嫌な音は、確実に近づいてくる。

「何……」
 石像が出てきた。こっちに歩いてくる。
 そんな非現実的なことよりも何よりも確かなことは、その6本の腕に血染めの剣を握っていると言うこと。
 血の気が引く。
 コイツがロッソを、コイツが、仲間を……。
「来……」
 殺……。
「くそおおおおおおおおおおおっ!!」
 隊長の言葉なんざ無視して最初からフルオートにしてあったマシンガン。
 初めて向けた相手は、人間では無かった。
 止まらない、怯む気配も無い。
 ただ、がむしゃらに、でたらめに。

 乾いた音が鳴るまで。

 何度引き金を引いても、同じ。
「嘘……」
 重低音、血染めの剣。
 抵抗手段が、無い。
 膝が笑う。目が引きつってる。

 引き下がった足が、何か柔らかいモノを踏みつぶす。

「!」
 走った。敵に背を向ける。飛び込んだ袋小路の扉。
 最悪の選択肢。

「ハァッ、ハァッ、ハァ……」
 真っ先に目に付いた転がってる守衛と思しき男。やったのは、うちの隊?
 これが報い?
 扉越しにあの音が聞こえる。自分の右足が真っ赤に染まってる。
 嫌、あんな死に方。野垂れ死ぬのも惨殺されるのも御免だ。
 守衛の懐を漁る。ハンドガン一発が何になる。
 何か、せめて何か、ここは警備室。あるのは、モニターと、ロッカーと、テーブルと……。
 バリケードを張るぐらいしか脳のない自分が、嫌になる。
 その時背後で、嫌な音が響いた。
「う、うあああああああああああああああああっ!!」
 全てが緩慢に見えた。
 巨大な質量が浮かび上がる感覚。それが重力から解放される感覚。
 自分のしでかした事に対する呆れ。
 投げ飛ばされたテーブルは両断され、その片割れは迷い無く石像の首を捉え、持っていった。
「あ」
 後ろにつんのめったそれは、派手に土煙を上げて崩れ落ちた。
 そして、もう起きあがる事は無かった。

 動かない。もう動かない。
 だけど、私は砕けなかったテーブルの断片を持ち上げ、
「こ……のぉっ!!」
 もう動かない、そのガラクタに叩きつけた。

 危機が去った自分の頭は、嫌と言うほど冷静だった。
 転々と残る赤い足跡が自分のものだと解る。
 死体が3つと無数転がっている廊下で考える。これからどうする?
 この様子だとうちの班は全滅、私の銃も弾がない。
 あの石像がもういないとも限らない。屋上に逃げ込んでも意味がない。
 武器は拾ったハンドガン一丁。次に無傷のあれと遭遇したら、絶望的だ。

 だからしょうがない。生き延びるには。死人に持たせていたって、仕方がないから。
「……使わせて頂きます」
 形だけの弔いを済ませ、ポケットを探る度に赤かったり変な色の液体が零れて来た。
 ガスマスクのお陰で、血や内蔵の匂いが鼻に届くことは無かったが。
「最悪だ……」
 本当に、あの頃街を賑わせてた事件もあって娼婦にだけはなるまいと思っていた。
 そうかと思えば死体漁り。
 人としてのプライドか、女としてのプライドか、どちらも、ただのお飾りか。

 回収は、思ったほどできなかった。
 切り刻まれたロッソはそれ以前の問題。
 隊長は弾を撃ち尽くしていたし、回収できたのは、一突きでやられていたイドのだけだった。
「……ごめん」
 一人には多すぎて、独りぼっちでいるには心許なくて……
 何考えてるんだろう……数ヶ月を共にした仲間なのに。
 私独りだけ生きてる……自分が生き残ることしか考えて無い。

「戦争に来たんだよな、私達は」
 なのに射殺体が無いってどう言うことだ。
 笑い話にもなりゃしない。
 立ち上がる気にもなれない。
 いっそ笑ってみるか。
 目を閉じ、軽く息を吸い込む。
 そして聞こえてきた、扉の音。
「誰?」
 後に続く、革靴の乾いた音。人が、生きてる。

 当然のように追いかけた。
 それが一体誰だったのかとか、戦争に来たとか、全く考えもせず。
 突然、目の前が開けた。
「キャアアアアアアアアアアアアッ!」
 飛び出してきた緑の影。天井がひっくり返る。
 視界をシャンデリアが横切る。その視界を横にずらしていたのは守衛の格好した女。
「あ、あれ、あれ!!」
 やはりというか当然というか、いた。
 起きあがったとたんに嫌なもの見せられた。
「どけっ!」
 邪魔者を弾き飛ばす。
 距離はある。落ち着いて、冷静に、さっき仕留めた時を思い出せ。
 狙うは一点。
「落ちろおおおおおおおおっ!!」
 怯まない。止まらない。
 でも、壊せないわけじゃない。
 振動を押さえつけろ。首を狙え。照準をずらすな。
 石像から鈍い音が響いて、引き金から指を話す。
 首を削られて、頭部を失ったそれはガラクタになった。
 さっきと同じ……当てが外れてたら、この女と心中だったな。
 振り返ればちゃんといる。ちゃんと生きてる。
「大丈夫か?」
「え、あ、ありがとう……」
 見た感じ私より年上か。守衛にしては、偉く弱そうだが。
 かがみ込んで顔を見てみる。化粧といい体つきといい、とても守衛が勤まるとは思えない。
「お前、ここの守衛だろう。何故アレに追われてた?」
「アタシだって知らないわよ。あんな事になるなんて全然……」
 迎撃されたわけではないようだ。
 身軽なこの女が無事だったのは何も不自然な事じゃないだろう。
「警備ロボットの類では無さそうだな」
「そんなだったら配置されたときに聞いてるわよ。あちこち置いてあったけどまさか、こんな……」
 やれやれ、状況が飲み込めないのはお互い様か。
 とはいえ、ここに後どれだけ生存者がいるのか。
「お前、この辺りの構造は解るか?」
「……今度は貴方がエスコート役ってわけ」
 どうやら散々連れ回されたらしい。
 だが私もいきなり袋小路であれと鉢合わせたら洒落にならん。
「アタシはクラウディア。よろしくね」
 立たせようと思って、手を差しだそうとした。その手は、
「あ……」
 仲間の血で、真っ赤に染まっていた。
「えっと……大丈夫?」
「あ、ああ……ちょっと水がいるな」
「そこ、化粧室あるから落として来たら?」
「そうさせて貰う。余所行くなよ?」
 いくらなんでもこのままにしたくないと思って、化粧室に足を向ける。
 後ろでたじろぐ気配がした。
「どうした?」
「えーっと……言っちゃっていい?」
 もう今更どうとでも。
「背中も凄い状態よ?」
「え……」
 聞いてみれば、先ほどの足跡の主はやはり彼女で、逃げ出したのは私がバケモノに見えたからだったとか。反論などとてもできるような状態ではなかったが。
「あとそっち婦人用よ?」
 ……マテこら。
「自己紹介がまだだったな。私の名はL。女同士、よ、ろ、し、く、な」
「ご、ごめん、悪かったから銃おろしてぇ~」
 どいつもこいつもこんちくしょう。
 そういや補導されたかかった事もあったな。
「ったく……」

 そして最悪な事に、水が出ない。
 幾ら防護服を着ているとはいえ便器の水を使うのだけは勘弁願いたい。
 手はもう仕方がないが背中の惨状だけでも何とかしたい。
 仕方ないのでトイレットペーパーで拭き取る事に。
 装備のせいで背中に手が回せない。うん、装備のせい、断じて。
「でもその格好じゃ性別なんてわかんないわよー」
 結局手伝って貰った。
「声でわからんか声で」
「声の高い男の子だと思ったのよー」
 女の声には聞こえなかったと?
「悪かったな」
 紙切れまみれになった背中に妥協して……とりあえずここにじっとしてるわけにもいかない。

 展望ラウンジ、廊下、どこも酷い有様だった。
 飛ばされた四肢、両断された体。横で彼女が鼻を覆ってるから、きっと臭いも酷い。
 だが、最初の犠牲者が強烈すぎたせいか、まだ二度目と言うのに慣れた手つきで死体を漁る自分が居る。
「ね、ねえ」
「何だ?」
 そんな私は、いったいどう映ってるんだろう。
「その拳銃なんだけど……」
「ああ……持つか?」
 いざというとき丸腰だと困るし、部隊の誰かと合流するときは隠れて貰うかもしれん。
 抵抗手段が無くては危険だ。それに、元々彼女の同僚の物だし。
「んで、うしろからズドン?」
「!」
 そう、元々は守衛だった彼女の物で、私はここに押し入った敵対組織で。
「やっぱ返せ!」
「えー」
 ああっ、くそっ! 持ち上げるな!
「~♪」
 良い年して子供からかって遊ぶなーっ!
「かーえーせーっ!」
「はいどうぞ」
「あ……」
 あっさり返された。
 なんだか苛められてるような気がする。
「さ、さっさと次行くぞ」
 左手のドアは開かなかったから正面。

 その先は奇妙なほど綺麗だった。内装でなく、荒れていないと言う意味で。
 中央に置かれた数珠繋ぎの立方体も、飾り物の甲冑も、血の汚れや荒らされた形跡が無い。
「この部屋まで来られなかったのかしら……?」
「あそこに石像の台座が並んでたからな……」
 突然動かれたらきっと逃げ場も無かったろう。
 うちの班とこのフロアの制圧班は、全滅と見ていいんだろうか。
「クラウディア」
「何?」
「他の連中に心当たりは無いか?下のフロアの担当らしい連中がいないんだ」
「やっぱ、合流するの?」
「そうだが?」
 こんな状況でだれも居なくなったら……ああ、そうか。
 互いの立場を、すっかり忘れている。
「最後尾にいればいい。うまく匿ってやるさ」
「たっのもしー」
 ダメだ。終わったら傭兵止めよう。
 続けても戦えずに殺されるか役立たずとして始末されるかだ。
「で、どうなんだ他は?」
「えーっと……ごめん」
 突然襲撃された人間には酷な話か。
「この先は解るか?」
「多分、ミニバーだと思う……」
 そう思って扉を開けた先にあったのは、赤い絨毯と、派手なシャンデリアと、さぞかし座り心地の良さそうなソファー。バーと言うより、貴賓室とかそんなだな。
 テーブルの上にワインの瓶が置いてある。最近TVで見た銘柄の奴だ。
 蓋は開いてる。
「一本持ってく?」
「本物ならな。これ、匂いするか?私じゃわからん」
「あー……無臭。ただの水みたい」
 水の入った瓶に、丁度テーブルクロスとある。
 背中の血だけ拭き取っておく事に。
「な、なかなか落ちないわね……」
「次の部屋行くまで頑張っといて」
「ひどーい」
 そこがさっき言ってたミニバーだった。カウンターも棚にあるワインも全部無事。
 クラウディアが四苦八苦してるからちょっと腰掛けておくか。
「ほんと、余裕出てきたわね……」
 それでも、いつでも動けるようにはしてるんだが。
 後方は多分大丈夫だろうから、目の前の、さらに先に続くドアだけ警戒してる。
「思い出した。あなた達のお仲間じゃないんだけど人なら見かけたわ」
「どんなだ」
 私達以外の、部外者?
「んー……三角帽子被った黒ずくめの人。多分気付いたの私だけだったと思うけど……なんていうか、ねえ」
「そこまで怪しいとかえって安全かもしれんな」
「お人好しって言われたこと無い?」
 言った事は何度かあるんだが……ロッソあたりに。
 ……やめよう。
「一応落ちたわよ……どうしたの?」
「や、何でもない。それより、この先は?」
「解らないわ。メリッサもこの先は入ったこと無かったって……」
「メリッサ?」
「うん。ここの第一秘書、本当はアタシも第二秘書だったんだけど……」
 どうりで弱そうなわけだ。
「長話なら歩きながらでいいか?」
「……スケベ教祖ひっぱたいたら守衛にされちゃったのよ」
 いかにもな新興宗教団体だったわけだ。
「これなら首になった方が良かったな」
「ほんとだわ。せっかくのワインも水じゃ退職金にもならないってね」
 よし、行くか。
「これ、持っておけ」
 拳銃は返しておく。
「いいの?」
「素人にやられるほどヤワじゃない」
 生きるつもりのある奴が持つべきだ。
「行くぞ」

 私だって、本当は傭兵なんかじゃない。だけど……。

「……秘書だったんだよな?」
 えらい無機質な通路に出たと思ったら、
「すぐ首になっちゃったけどね……」
 硝子ケースに凍り漬けの生き物。
 言葉にすればコウモリ人間の一言でいいのだろう。
 それが実在するという事実と外観の醜悪さは嫌な予感を掻き立てる以外の何者でもなかったが。
 その先に転がっていた石像と、深い穴。すぐ近くに操作パネル。
「昇降機があったみたいだな」
「これ、飛び降りたら死ねるわね……」
 この先がさっきの廊下に繋がっていた。
 そしてここまで分かれ道のようなものは一切無し。
 最悪だ。
「なあ、クラウディア」
「何?」
「秘書だったんだよな?」
「そうだけど?」
「秘書室は?」
「さっきのエレベーターホール前」
「……」
「ひょっとして気付いてなかったの?」
 馬鹿だ、アホだ、最悪だ。周辺状況の確認もせず行動していたなんて。
 苛立ち紛れにクラウディアを引きずって来た道をただ戻る。
「痛い痛い痛い!」
 アホだ自分。

 屋上に通じる扉のすぐ横にあった。本当に何故気付かなかったのかと言うほど近く。
 特に銃痕も切り傷も無い。もっとも、静寂が良いこととは思わなかったが。
 扉の先に、期待していたようなものはなかった。
 倒れてぴくりとも動かない秘書と思しき女の後ろ姿。
 飛び込もうとするクラウディアを片手で制する。
 床をはいずるような血の跡が奥の扉まで続いていて、その横にある赤い手形。
 部屋は、それほど荒れていない。
「……ここか?」
「う、うん……この奥は、VIP室、なんだけど……」
 怯えて、震えている。後ろで狼狽えていてくれるお陰で、私は冷静でいられた。
 大丈夫。私は、戦い方を知ってる。大丈夫。
 もう、死体に触れる事なんて、何とも思っていない。ただの、作業。
 何のことはなく転がしたそれに、
「……!」
 顔が、無かった。
 あるはずのものがにない。
 後ろからは見えたから、そこにないといけないはずのものがない。
 血塗れの部屋、引きずられたような、頭の中を持ってかれたような、食い破られたような……。
 ぽっかりと、開いた、穴。
「ど……どうしたの?」
 振り向いて立ち上がろうとした。
 ダメだとか、来るなとか言おうとしていた。
「あ……」
 それらは全部、視界と一緒に、意識もろとも宙を舞った。

 意識を失っていたのはほんの数秒だろうか?
 クラウディアが駆け寄るまでだったから。
「ね、ねえ、大丈夫?」
 流石に自分が倒れ込んだものに気付いたときはぞっとした。
 横目に見たらそれの顔にハンカチがかけられていたから、思ったより長かったんだろうか。
「あ、ああ……」
 中央部の凹んだハンカチが目に留まって、すぐ逸らした。
 背筋が嫌に冷たい気がする。
 マスク越しの視界に、銀色のシルエットが映る。
「はい、昇降機の鍵」
 見るも無惨だった遺体の手は、胸の上で組まれていた。
 その腕の一本が、半分ほど千切れてはいたが。
「……すまない」
「アナタばかりに頑張らせるわけ行かないでしょ」
 死体漁りなんて一人で良かったのに。
 まあ、こんな所に長居は……。
「すまん」
 長居は……。
「?」
「……肩貸してくれ」
 比喩でなく、本物の腰抜けになった私がいた。
「アナタもなかなか可愛いところあるじゃなーい♪」
「このまま死んじゃいたい」
 情けなくて泣けて来る……。
 彼女には悪いがこんな部屋、さっさとおさらばしたかった。
 だが、あそこに転がっているのは彼女の同僚、ドアを潜った所で足を止めても、何とも思わなかった。
 彼女の顔が、青ざめてるのを見るまで。
「どう……」
 青ざめた顔が引きつる。それが、私の見た最後。
 貧血で軽くなっていた体が突き飛ばされる。
 視界が一面の床に埋まる。
 視界に火花のようなものが散る。
 その間中、耳に響いていた、悲鳴。

「痛っ……ぅ……」
 額の痺れを堪えて振り向く。

 目の前の扉は、堅く閉ざされていた。
[ 2006/10/04 14:37 ] MFD | TB(0) | CM(0)
ぶつくさ



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