街の通り、スラムに程近い場所に石垣亭なる宿がある。
昼夜を問わず荒くれ者の喧噪がごった返すこの酒場。
コリコリコリコリ……。
左を見れば屈強な傭兵が酒盛りを上げ、右を見れば胡散臭い証人が金勘定。
カリカリカリカリ……。
酔っ払いの祭りと金貨の音、そして食器の鳴る音に混じり、小石をかじる音がした。
選り取りみどりのパンが自慢のこの宿、金払いがパンの音に出る。
賑わう食堂の片隅の三人組の食事である。
ローブの男女ともう一人、石をかじっていたのは野伏と思しき少年である。
お世辞にも品の良い店ではなかったが、その音が金目当ての暴漢からの隠れ蓑の役割を果たしていたのは皮肉な話である。
「止めて下さい!!」
酒場の一角、給仕の娘の悲鳴に場が静まる。
若い娘の細腕を引く、いかにもな−同業者がうなだれたくなるほど醜悪な−傭兵。
それも一瞬の事、元の喧噪に戻るならともかく、娘が騒ぎの中心に引きずり込まれる。
「いーじゃねえかよー。こんな寂れた店で働くよか」
乗じる物は下卑た笑みを、傍観する物は呆れた笑みを。
店の主人も諦め顔で止めもしない。
野伏もまた興味が無いように使用済みの依頼書を二枚弄び始めた。
折っては戻し、折っては戻し、一見その繰り返しのように見えて出来た二枚の紙切れを組み合わせ、出来上がったのは鋭い十字。
それを導師の男に向けると、導師が指先を軽くなぞらせる。
呪文の詠唱も、光を帯びた十字も、喧噪に紛れているだろう。
「嫌ですってばーっ!!」
「別にいいじゃ……」
ヒュッ、スコーン
娘の腕を掴む男の肩が高い音を鳴らす。
それでも、酔った男に代わりそれを教えたのは周囲の沈黙だった。
「ん、どうした……お?」
「そのぐらいにしたら」
東国の訛の入った声に振り向く。肩当てに刺さった異物には気付かない。
先にいたのは、十字を弄ぶ野伏の少年だった。
「へ、何処にでもいるもんだな……っと、あれ?」
傭兵が腰に手をかけるより、少年の手が動く方が先だった。
「おい、落としてる落としてる」
「止めた方がよさそうだぜー?」
腰の鞘があったはずの皮ベルトに、紙の十字が刺さっていた。
周囲の揶揄に、虚仮にされた事実を悟る。
タダでさえ酔った頭に、理性を期待するのは無理な話。
「ん、な……っ!」
剣を拾い上げるより、少年が次の武器を見つける方が早かった。
ガッ!!
次の音は、周囲の静寂を長いものにした。
その翌日。
「……何で僕等が割引価格で魔物退治なんですか」
「人様が精魂込めて作ったパン凶器にしやがった分も含めてるぞ」
砕けた鋼の剣に、とばっちりを受けた宿の床。
切磋の判断で手にした手近な石は、安宿を取った者に主人が振る舞うパンだった。