月別アーカイブ  [ 2007年01月 ] 

臆病者のL Sec3-Log- 

Sec3-Log-

 日本から帰った空港に、父の出迎えは無かった。
 携帯からも出なかった。
 空港の係員からは、来てはいないと。
『……さんのお嬢さん、だね?』
 代わりにスーツ姿の男から聞かされた、億単位の借金。
 どうみても、カタギじゃなかったな。

 朧気た意識の中に、情けない声が聞こえた。
「この人、どうしよう……」

 逃げ込んだ先。やっと手に入れたと安堵の地に転がっていた、肉の塊。
『あっ……と、重……いだだだだ!姉ちゃん足、足踏んでるー!』
 血の気を失いかけた私を支える、黒人の少年。
 その肉塊を見据える、赤毛の男。
『あーあ……これじゃジャックだな』
『?』
『知らない?身元不明の死体のことを、ジャックって言うんだよ』
 言葉を日本語に切り替え「こっちじゃな」と付け加える。
 大人が日本人だらけだったお陰で、アメリカの風習に疎かった。
 名無しのジャック。
 それを何となく気に入っていた。

 自分を抱えたままの男が屈み込んで、死体の顔を覗く。
「……じゃない……」

 そのお陰で、助かったのかもしれない。
 そう思ったとき、全てが夢だと気付く。
 全ては、瞼の裏の出来事だった。

 背中は柔らかい感触を捉えている。
 ベッドの上。花柄の壁紙から察するに女性の部屋。居住区だろうか。
 記憶を辿る。少し情けない声。抱え上げられた感覚。
 昇降機が上がってる以上あの男が下手人では無い。
 そんなことを、どんな順番で考えていたんだろうか。

 体を起こすのも億劫だった。人の気配は無い。
 流石に、トチ狂って銃器で殴りかかるような……。
 もう少し冷静にいられたら、少なくとも独りにならずに済んだのだろうか。
「アホ……」
 マスク、つけっぱなしだ。気が利かないのか、やはり外したら不味いのか。

「!」
 悲鳴。考えるより先に飛び上がって銃を……手元無いし。
 それでも、まだ生き残るつもりはあるようだ。
 人間の声じゃなかったな……いや、それよりも武器を探す。
 少し視線を巡らせたら、机の上にあった。拾った拳銃もしかり。
 その近くに置かれている、女物の便箋が目についた。
 目につくように置かれていた?
 流し読みしただけで、洒落にならない内容だと解る。
 いくつかの症状……感染……毒物と思しき英数字の羅列……
-あんな姿になるぐらいなら、人の姿のまま速やかな死を選ぼう-
 遺書だった。
 マスク、うっかり外されなかっただけいいようなものか。

 ドアの軋む音。
 反射的に銃口を構える。
 銃口の先で、あの男がホールドアップしてた。
「気が付いてましたか」
「あ、ああ」
 しっかり傭兵としての訓練は染みついているが、ここでは邪魔だ。
 銃口を下ろす。恩知らずも良いところだ。
「すまない。それと、さっきも……」
「仕方在りませんよ。あの状況では」
 あっさり許された。
「前も似たようなことがありましたし」
 ……散々非礼を働いてなんだが、その格好じゃ仕方ないと思うぞ。
 頭からつま先まで黒ずくめで……。
 そのつま先の横に、喀血した女性。
 狼狽えずにすんだのは、誰なのか見当が付くからだろうか。
「そう言えばここは?私はどれだけ寝ていた?」
「先ほどのフロアのすぐ下、居住区のようです。時間は10分程度でしょうか」
「そうか……」
 遺体の前に膝をつき、半開きの目を閉じさせて、口元を拭う。
「……?」
 ついでに、ベッドの上に寝せてやる。
 寝床を借りたから、このぐらいは。
「そういえば、人を捜してなかったか?」
「?」
「私の横にいた男の身元を確認してたろ」
 初対面で発狂し。
「ああ……そうです。我が友が、あなた方と共にここに来ると」
 二度目には銃口を向ける。
「だったら一緒に探さないか?」
 それでいて、我ながら虫が良すぎる。
「そうですね」
 違う。コイツが警戒しなさすぎるだけだ。
 文句を言う筋合いじゃないのは解ってるんだが。
「どうしました?」
「いや……何でもない」
 人は、多い方が良い。

 結局こんな動機だったから、会話らしい会話もあるはずがなく。
 階段の踊り場辺りまで無言で歩を進めていた。
 その辺りで、互いに足を止めた。
「……聞こえました?」
 銃声と、悲鳴。
「急ごう!」
 先に扉を蹴破ったのは、私のはずだった。
 銃声、悲鳴、追いつくのがやっとの背中。
 広場を抜けたあたり、悲鳴、途絶える銃声。
 飛び出した廊下の先にいた、赤い人間。
 その手に、首のひしゃげた人間。
 躍りかかる黒いコート。光る剣閃。倒れ込む巨体。
 そこを中心に、床が沈む。

 全てが一瞬で、緩慢だった。

 よろける黒いコート。伸ばす右手。伸びてくる赤い手。叩き落とす青い閃光。
 支えを無くしたコートの男、その手を、掴む。

「っ!」

 その瞬間、重さを支えきれず前のめりに倒れ込んだ。
「っ……痛っ……」
 それでも、握った右手は一人分の重量を手放していない。
 代わりに二の腕から肩に掛けて……半端無く痛い。
「無茶をなさる人だ……」
 自分でもそう思う。
 痛む肩に無理を強いる前に支えていた重みが消える。
 軽々と這い上がるコートを横目に、私はぽっかりと開いた闇にうなだれていたが。
「助かりました」
 腕と、肩と、銃が変な位置で下敷きなったのか脇腹も痛い。
 骨がどうかなっていたり肩が抜けたって事は無いようだが。

 穴の向こう側に、もう生きている姿は無かった。
「哀れな……」
 あとちょっと、あとちょっと早かったら……もしかしたら……。
 たかが、10分……。
「くそっ!!」
 壁に拳を叩きつける。
 それでも、痛みを恐れて力をセーブしている自分がいた。

 万全を期して穴の底に手榴弾をほっぽりこむ。
 ……爆音は、聞こえて来なかった。
「命拾いしたみたいだな」
「いえ……これは底が抜けたというよりも……」
「どうした?」
「いえ、何でも」
 ぽっかりと空いた穴の奥に、下にフロアがあることを示すものは何も見えなかった。

 ……電源がやられたのか薄暗いフロア。
 所々脆くなっているのか剥がれ落ちた壁面。
 さっき拳を叩きつけた場所はぽっかり穴が空いていた。
 それらに煽られたとおり、ろくな結果が無い。
 ミリタリーベストと防護服の随所にあるポケットだけが重みを増す。
 しまいにはバックパックを失敬してそこに詰め込まざるを得なくなった。
「我が友では無い……」
 手分けして確認しようかとも思ったが、どう見分けているのか聞いたら、帰ってくる返事は要領を得ない。
 ……つまり何となくで解ってしまうような間柄ということか。
「よほど親しいんだな」
 死体の確認をする度に不安と安堵がよく解る。
 意外と分かり易い奴だった。
「はい、私を地獄から救い出し、生きる術を与えてくれた恩人です」
 今だって声色が明らかに違う。
 いや待て……地獄?
「どうかしましたか?」
「あ、いや……まだ名乗ってなかったな。私はL。傭兵だ」
「私はカーソル。イブルスレイヤーです」
 変な名前。それって職業名なのか?
「イブル……ここで見たバケモノの類か」
 悪魔狩り、か。
 今更現実もへったくれもないが。
「ええ。あれを産みだしたのも、時はなったのも、あなた方の財団の仕業です」
「お前の友人も、こっちの兵士なんじゃないのか?」
 口にしてからスパイという可能性に考えが到るが、私の指摘に何ら反応を示さない。
 このフロアに降りてから何人目かになる死体も、尋ね人では無かったようだ。
「はい。古巣に潜入して、真相を確かめると」
「ウチが作ったって事はここの連中が盗み出したって事か?」
 そして解ったことがもう一つ。
 人間の好奇心というものは案外図太い。
 割れたマスクの奥、弾を撃ち尽くした絶望の目はあえて見ないことにした。
「いえ、研究施設は自爆装置によって跡形もなく破壊されました。施設を包囲していたラストバタリオンのミカエル隊と共に」
「その研究施設とやらが、さっき言っていた地獄ということか?」
「……はい」
 悪夢再びというわけか。
 それでも脇腹はまだ痛むし、ロッソもイドももういない。
 目が醒めても帰る場所だけが無い、か。
「……Lさん?」
「あ、ああ。これで全部か?」
 差し出された手の平には強化弾のマガジンが収まっていた。
「すまない……先を急ごう」
 便乗させて貰う。それだけでいい。

 だからさっさと……さっさと……。

「なあカーソル」
「なんでしょう?」
「階段は?」
「……崩落していますね」
「登りは?」
「シャッターが降りてますね」
 ……いきなり進退ままならなくなった。
 マシンガン程度で何とかなるようではなさそうだ。
 カーソルのコートの背中、ベルトに挟んである剣に目が突いたが、生物にしか効果はないと。
 あの真っ赤なデカブツに斬りかかれるぐらいだから、そっちには絶大なんだろうが。
「どうする?」
「他の道を探すしかな……ん?」
「どう……うわっ!」
 何か変だな。そんな違和感が、体を突き上げる振動に変わるのにさほど時間はかからなかった。
 足が縺れて、気が付いたときには……。
「大丈夫ですか?」
 黒コートにもたれかかっていた。
 そうとう盛大にすっ転んだのか、それこそ胸に飛び込むような……ような……。
「Lさん?」
「ん、あ、うん。大丈夫大丈夫大丈夫!!」
 何安堵してるんだ私はーっ!!
「体温が上がっているようですが」
「き、気のせい気のせい気のせい!防護服越しだから!」
 そういやコイツ素手じゃねーか。
 いやこんな時にそんなこと考えてる場合じゃなくてー。

「あのLさん?」
「え、あ、う、うん……」
 いざ冷静になってみると……シャッターが歪んでいた。
 扉は開けっ放しだったお陰で閉じこめられることこそ免れたが、開いたまま動きそうも……。
「奥の扉は!?」
「!」
 廊下の奥。その結果は、案の定だった。
「閉じこめられた……」
 扉が開く気配は無い。
「そうでもありませんよ」
「……え?」
 後ろにいたカーソルの横にぽっかりと空いた穴。
 壁に見える線路状の金属のラインは、エレベーターの内部だろうか。
 ぶら下がっている分厚いワイヤーは、頼りなげに揺れている。
「なあ……まさかと思うんだが」
「ここから降りられそうです」
 やっぱり……いや、他に道は無さそうだし、ヘリ降下でワイヤー降りたけど。
「本気……?」
「他にありませんよ」
 ワイヤーまでの距離……最後に走り幅跳びしたのはいつだったけか?
 いやグラウンドならともかくこの狭い廊下で、ランニングじゃなくて重装備で……。
「どうしました?」
 打ち据えた脇腹が痛むのは、誤魔化しだ。怖じ気づいてるだけだ。
 大丈夫。体力と筋力だけなら、あの頃よりもあるんだ。
 たかが5㎏強……ぜ、全然たかがじゃない。
 駄目だ。ここで飛ばないと野垂れ死ぬ。
 震えてる場合か。怯えてる場合か。
 L……走れ。まかりなりとも、選手だったろ、私!

「?」
 震えてる足が、宙に浮いた。て……。
「まだ痛むようですね」
「え、いや、ちょっと?その……」
 腰から、がっしり支えられて……壁際まで下がってるんだが。
「まさか……」
「しっかり掴まらないと危ないですよ」
「             っ!?」
 そのまさかだったーっ!!
 空いた手で壁掴んで、蹴って反対側飛んで、蹴って、飛んで、蹴って、飛んで……。

 長かった。慣れてきて、だんだん暗くなって来て……。
「……」
「Lさん?」
 本当に真っ暗になってしまったんだが。自分の手すら見えない真っ暗闇。
 下ろされた直後……目の前に浮かぶ人の顔。
「!!!!!!!!!!!!!!!!」
「軍用の懐中電灯ですね。液漏れもしていないようですから使えますよ」
「て……照らし方考えて……」
 下から覗き込みながら動作確認しないでくれぇ……。
「私は夜目が効きますが、あなたには必要でしょう」
「あ、ああ……」
 いよいよ人間離れしてきたな……。今更どうでも良いことだが。
 ……そう。どうでも良い。
 一人じゃない。それだけで良かった。
「銃に括りつけるからちょっと待ってくれ……どうした?」
 ふと、カーソルの視線が上に(と言っても真っ暗で何も見えない)に向けられているのに気が付いた。
「……」
 右手が、背負った剣に添えられていた。何か、いる?
 懐中電灯を括りつけた銃口を向ける。
「!」
「でっ!!」
 破砕する壁。体が横に吹き飛ぶ。
 巨大なハサミの化け物。肩をしたたかに打つ。
「エクスカリバーのエネルギーが……!」
 ヤバイのか、その危機感で飛びかけた意識が戻る。
 上半身だけで狙いを定めた先には……。
「……あれ?」

 誰もいなかった。

 残っていたのは、頭上の壁に空いた穴だけだった。
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[ 2007/01/06 14:46 ] MFD | TB(0) | CM(0)
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