レベたんには悩みがあった。それも、かなり深刻な。
「また毛を焦がしちゃったのニャ……料理の出来ない駄目猫ニャ……」
「でも片づけと掃除は一級品にゃ」
「むしろしっかりやらないと綿埃で白くなっちゃうニャ」
「……ニャー」
自分はご主人の布団をぬくぬくするしか能がないのではなかろか。
耳も尻尾もうなだれたまま、レベたんは今日も料理の買い出しに向かう。
ここのお店は結構安く食材を売ってくれるとレベたんは思っている。
本当はレベたんのもこもこで割り引いて貰っている。
「ボクには何も出来ないのニャー?」
食材を買って帰って、村のハズレから雪山を眺めるのがレベたんの日課だった。
大好きなご主人は最近雪山より砂漠や森に足を向けることが多いらしい。
あの雪山は主人の前任が縦横無尽に駆け回った場所であり、
彼が切り立った崖にツタの葉を植え、壁に亀裂を入れ登る場所を作り、
そして何よりもその狩りの腕前によって、周囲のモンスター達を畏怖させるに到り……。
初心者でも防寒具さえあれば比較的気軽に行ける狩り場となっていた。
……まして、自分には天然の毛皮がある。
雪山草だったらご主人の看護に村の人が持ってきていたから、
煎じる前の形も大体解る。
考えが決まるのに、時間はそうかからなかった。
「レベたんがいなくなったぁ?」
弓の強化素材を揃えて鍛冶屋に頼んだ私を待っていたのは、レベたん失踪の報告だった。
「買い出しから帰ったのだけは確かなんだニャー」
「最近悩んでたみたいなんだニャー」
あー、こないだも大量の肉焦がしていたんだっけえ?
錬金術で元の生肉に戻しはしたんだけども。
まだちっこいの働かせようとは思わなかったんだけども……。
「解った。アンタ達今日の仕事はいいから、レベたん探しに行くよ!」
「了解ー!」
「いぇっさーニャ!」
三人別々の方向へと駆け出していく。
その頃、レベたんは雪山巡りを堪能していた。
初めての冒険のでかくて恐いものは影すら見えず。
まずは肩慣らしと決めた雪山草7本のノルマはあっけなく達成され、
物足りなく感じたレベたん、他の葉っぱや種も記憶を頼りに探し始めた。
薬草、ネムリ草、 忍耐の種、ご主人の役に立ちそうな物はこぞってかき集めた。
面白いように取れる収穫に夢中になっていたレベたん、背後の気配に気付くはずもなく、
「うニャっ!?」
その視界が唐突に白く染まった。
冷たさは後からやって来た。
自分が雪玉にされてしまった事に気付いた瞬間……。
「うニャ〜〜〜っ!」
バランスを崩して転がってしまった。
哀しいかな、人間であれば両手の自由で留まるドスギアノスの氷液は、
小柄なレベたんを雪ダルマにするには十分だった。
(た、食べられてしまうのニャ〜っ!)
しかし毛足の長さが幸いし、呼吸困難だけは免れたレベたん。
でたらめかつ不規則な動きは奇跡のようなタイミングでドスギアノスの爪をかわしていく。
そのうち雪玉はじょじょに削れていき……。
「ぷニャーっ!!」
手足と顔が出せるようになった頃、ドスギアノスの姿はそこに無かった……。
村長のお婆ちゃん、いっつもは焚き火の側でうっつらうっつらしてるけど。
「お婆ちゃん、こんな所で寝てると……」
「おお、良いところに来た」
今日は起きてた。うっつらうっつらじゃなくて、悩んでたのね。
「単刀直入にいこうかねえ。ちと手強い飛竜が雪山に現れての、村人が襲われたのだ」
その前フリで既に時間を、て……ええっ!?
「そ、その襲われた人は?」
「家畜を何頭か丸飲みされただけで済んだよ」
「よ、よかったあ……」
これで何かあったら私ハンターの面目が立たないもの……。
つか、こんな状況でレベたん、迷子なんて……。
出たという飛竜はフルフル。白くって皮膚たるんでてうねうねしてて……。
もうキモ竜とかそんな、とにかくキモい生き物。
「なに、ヌシなら大丈夫さ、の」
「はい……」
行くしかない。あんなのが村を襲ったらホラーの舞台が出来上がりだ。
「ああそうそう。ヌシのとこのレベちゃんが雪山に続く坂にいたよ。万一があるかも知れないから」
「ありがと!」
お礼も程々に、私は鍛冶屋に駆け込んでいた。
「おう。ナイスタイミングだ!」
「すぐ出るわ。お代はクリスタルに言って!」
「あいよ!」
手足と頭は出せたが体は未だに雪ダルマのまま。
雪玉で制限された足下の視界に、美しい青碧色に輝く「何か」が落ちていた。
(ご主人の髪の色みたいニャ)
だけどこれでは拾えない。でも拾いたい。そんな葛藤のなか見上げた視界に入ったものに、
レベたんは雪まみれのまま凍り付いた。
雪の純白とは、明らかに異質の白がそこにいた。
所々ひび割れ、たるんだ皮膚。それをそのまま捻りだしたような首の先から、
じたばたと藻掻くドスギアノスの足が見えた。
レベたんは、その光景から目を逸らせなかった。
否、動くことさえできなかった。
首を引き延ばしながら藻掻いていた小さな手の形が消える。
藻掻いていた足が関節を境に口からこぼれ落ちる。
尚も首の中で藻掻いていた頭が、ぽろりと取れたように胃の中に収まって……動かなくなった。
それには、目も、鼻も、口も無かった。
ただ、赤黒い吸盤状の口がこちらを向いた瞬間、
レベたんの感覚は、異臭と闇に閉ざされた。
村を出るか出ないかのタイミングで、恐らく他の人から聞いたんだろう、クリスタル達が道具袋を担いでやってきてくれた。
鍛冶屋で受け取った弓の他に、大型の生き物の気配を探れるようになる千里眼の薬や、
ホットドリンク、毒瓶の材料その他もろもろを厳選してくれた。
「うん。良い見立てよ。何があるか解らないから、アンタ達は村で待機よ」
「はいニャ」
「レベたん連れ戻してニャ」
「まっかせといてーっ!」
そして、クリスタルのくれた千里眼の薬は早速その効果を発揮した。
あいつは今、自分の巣にいる。
レベたんだって一応雪山育ちのメラルーだ。
フルフルさえ排除すればどこかに隠れてやり過ごせる可能性が高い。
正直思い出すのも嫌な醜悪な影を追って、私は飛竜の巣へ向かう。
レベたんは……まだ採取を堪能いていた。
と言っても、帰りがてら、そして結構必死に落陽草を探していた。
「もう取れたと思うけどニャー」
あの白いの……フルフルと言うらしい……に、食べられそうになったところを、
通りすがりのトレニャーと名乗るしこたま荷物を背負ったアイルーが、
肥やし玉をぶつけて助けてくれたのだ。
もっとも……本当は匂いだけで退散させたかったらしい所を、
うっかりレベたんにぶつけてしまったために……。
「まだ臭うのにゃー」
何せ主原料が文字通り肥やしと粘着草なのである。
その匂いと気持ち悪さは想像に難くない。毛の長いレベたんなら尚更だ。
「落陽草もう使いきっちゃったニャよ。あとは帰ってゆっくりお風呂でも浸かるニャー」
このトレニャー。結構ちゃっかりもので、さっきレベたんが見つけた綺麗な物、
……ドスギアノスのトサカらしい……も、ちゃっかり拾っていた。
レベたんが見つけた経緯を話すと気前よく渡してくれた。
「さてここからはアイツの巣の上をちょっと通るニャ。気を付けて行くニャ」
「うん……」
洞窟の中、切り立った崖の下が丁度フルフルの巣だと言う。
その入り口にささしかかると、風が吹き荒れるような音が聞こえた。
「い、いるの……?」
「いるニャけど……ちょっと様子が……おおっ!?」
入り口を覗き込むトレニャー、そう言うと、食い入るように洞窟の奥を覗き込む。
よくよく聞けば、風の音は、幾重にも連なって断続的に聞こえてくる。
「何が起こってるニャ……」
何か凄い事が起こっている。ソレだけは何となく解った。
だけど、思ってもいなかった。
「あの人、プロニャ」
「ニャ……!」
眼下で繰り広げられていたのは、死闘と呼ぶには一方的な戦いだった。
そして、それを繰り広げているのはフルフルと……。
「ご主人!」
他でも無い、リィだった。
見た目通りに動きの鈍重なフルフル。
狙いを定め、動く頃には進路の垂直方向で矢をつがえ弦を引く。
フルフルの行動1サイクルが彼女の行動の2サイクルに相当する。
「足で引っかき回して撃ち込む。フルフルみたいな相手ニャ弓の独壇場ニャ」
トレニャーが自慢げに語る蘊蓄を、しかしレベたんは聞いていなかった。
初めてだったのだ。
狩りを行うご主人の姿を見るのは。
あれほど真剣なご主人の姿を見るのは。
狭い巣の中を縦横無尽に駆けめぐりながら放たれる猟矢は、まさに暴風だった。
「すごいニャ……」
その暴風の中、フルフルの動きが止まった。
もちろん、射かける矢は止まらない。むしろその勢いは増しているようだった。
猟矢の暴風。その最中、フルフルが首をもたげたと思うと……
「………………………………………………!」
全身を揺さぶるような咆吼が全身を貫く。
文字通り高みの見物をしていた自分達がそうなのだ。
三半規管を直接振るわすような声に、間近にいたご主人はまだ頭を抱えたままでいる。
もちろん、そのスキを逃すまいとするフルフル。
飛びかかるにせよ、ブレスにせよ致命傷は免れない。
焦った。
恐い思いをしてまでここに来たのは何のためだ?
こんな所で高みの見物をしていいのか?
結局、自分は役立たずのままなのか?
何か、何かしたい。
そして骨が砕ける音が、狭い洞窟内に響き渡った。
……死ぬってのは、思ったより苦しくない。そんなことを考えていた。
まあ死ぬは極論にしても全身ボロボロにされてはいたんだろうと思っていた。
目を開けたら、天国かなあぐらいに思っていたんだけど……
「……うわ」
やっぱりキモいフルフルがいました。
さらにキモい事に、浮き上がった背骨が、見て明らかに粉砕しております。
ついでに足もやっちゃったらしく、大開脚状態でへたれこみ、
ちなみに、背骨を粉砕したさいに脊椎もやられたんだろう、足はぴくりとも動かない。
人間で言うなら、下半身不随と言う奴だ。
可哀想なので麻酔玉で眠らせてあげまして。
周辺に散らばる樽の破片と、当たりに散らばった赤い粉末……多分爆薬。
見上げると……。
「ごーしゅーじーんーっ!!」
「レベたん!!」
上から降って来たよーっ!!
レベたんがいただろう横に、もう一匹いたのも見逃さない。
「あーりーがーとー!」
「……そんなにでかい声出さなくても聞こえるにゃ。それにしても……」
大樽の不発弾だったけど、レベたんのコントロールで助かったわー♪
クリスタルとグラハムは誰かが怪我してた時のために、
雪山草を使った料理をたくさん用意してくれていた。
「良かったニャ〜」
「みんな心配してたニャよ〜」
「ボク……ボク……」
「あんた役に立ってる。立ってるのよ」
「うにゃ……」
「そうそう」
「レベたんに何かあったら、誰がご主人の部屋掃除するニャ」
……おい。
「食器だってろくに片付けないニャ」
「布団だって干した覚えないニャ」
……返す言葉もございません。
つーかジャンボ村だと全部給仕猫がやってくれたしぃ。
「とにかく、無事で良かったニャ!」
「明日になったら、トレニャーさんにもお礼しに行こうね」
「はいニャ!」
この時、レベたんの中に小さな夢が出来たことを、私はまだ知らなかった。