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臆病者のL Sec2-Lonely- 

 扉を蹴破った先は、そのままだった。
 穴の開いた死体。血の引きずられた絨毯。
 扉横の赤い手形、転がった椅子。
 全て、そのままだった。
「クラウ……ディア?」
 人が一人、引きずり込まれた後とは思えないほど、そのままだった。

 状況の確認。それが、私に残った最後の度胸だったらしい。

 逃げた。
 恥も外聞もなく走った。
 馬鹿だ、屑だ、最低だ。
 あの扉を蹴破ったら、まだ無事だったんじゃないのか?
 自分は未知の何かに挑めるような人間か?
 行き先など解らない。エレベータは動かない。
 屋上にも……あの廊下にも戻りたくない。
「ぉー……ぃー……」
 一人取り残されたら、クラウディアほどの度胸も無いくせに。
 でも、いざ一人になってみないと解らないじゃ……。
「おい!鍵落としたぞ!!」
「!!」
 足下から聞こえた、鋭い声。
 同時に手元を見る。その向こうにぽっかりと開いた黒い穴。
 昇降機の前まで来てしまっていたらしい。
 ……結局、この期に及んで逃げる算段を考えてるのか、私は。
「シカトすんなコルァっ!!」
「あ……」
 声は、この下から?。
 私以外で、初めての仲間の生存者!
「今そっちいく!」
「おーう……じゃ、上げるからな」
 元気そうな声。安堵を思えば、昇降機の軋む音も気にならなかったが……。
「!」
 バケモノ付きは勘弁して頂きたい。。
 人間大の、両腕に皮膜をぶら下げたような……。
 一言で言えば、コウモリ男で済む。
 当然の事ながら死んでいる。
「……今度はこれか」
 気味の悪い物と一緒に、これまた気味の悪い階下へ。
 声の主は、そこにいた。
「コウモリはお嫌いで?」
「有らぬ方向に曲がってるのは足だけじゃないようだな」
 恐らくは資材室の片隅。自分の体温と汗でマスクを曇らせた男がそこにいた。
 この状況で、その状態でよく軽口が叩ける。
 薄曇りのマスクがしげしげと顔を覗き込む。
「ひょっとして、女?」
「……介抱より介錯が欲しいか?」
「カイシャク?」
「ハラキリで死ねなかった時にやること」
「うへ、そりゃ遠慮するわ」
 怪我人は足を引っ張る敵ってのは誰の言葉だったか。
 流石に止血は自分でやっているようだが……。
「骨の向き、治すぞ」
 一瞬引きつられた気がするが、事が事。急を要する。
 単純骨折のようだし私でもなんとかなるということで。
 ごきっ。
「んがーっ!!」
 遠慮なく修正。いい年した男が泣くな。
「か、可愛くねえ……」
「傭兵に期待するな。それより、お前一人か?」
「全員そいつの腹の中」
「!」
 そう言われて過ぎったのは……条件は、私とさほど変わらない。
 いや、私の方がまだ……。
「すまない……」
「あー……冗談だよ。向こうにまだ転がってる」
 ……何が違うんだ。
「そうしょげるな。他の隊にだって悪運の強いのがいるだろうし、とっととズワイガニに頼んで回収ヘリ呼んでもらおうぜ」
「ズワイガニ?」
「ダチの考案したスワイガート隊長の愛称」
「……」
 笑いをかみ殺す練習をするなら、今のうち。
 口元はマスクで隠れるけど、目元もヤバイ。
「で、ズワイガニてなんなの?」
「知ったら、傷に響くからだめ」
 いるもんだな、同郷者。
「そんなに笑う所だったの?」
 その同郷者も、もういないのか……。
 そろそろ行こうと立ち上がったところで、掴まれる。
 もう一方の手がマシンガンを差し出していた。
「強化仕様だ。これがうじゃうじゃいるんだぜ?」
 そう言って、コウモリの亡骸をしゃくる。
 渡された装備は強化水銀弾仕様の銃及び対人手榴弾少々。
 代わりに、私が持っていたマシンガンを渡す。
「三枚目までは大丈夫だと思うけどねーぇ」
「……主役はどこだ?」
「探して来るのがヒロインの仕事♪」
 踏んでやる。
「んがぁーっ!!」
 やれやれ。自分がそうだと言わないだけまだマシか。
「大人しく待ってろ」
「か……可愛くねえ……」

 それだけ軽口を叩き合っておきながら、いざ扉を閉めると静寂が支配を取って代わる。
 人のいる安堵をくれるだろう銃声も悲鳴も無い。
 警戒心を掻き立てるであろうコウモリの羽音も無い。
 無機質な、鋼鉄に囲まれた空間は、ただ、静かだった。
「……大丈夫」
 深呼吸一つ。
 添え木代わりの一本ぐらい、探し出せないでどうする。
 大丈夫。なんとかなる。何とかしなきゃ。
 二枚目の扉を開ける、防音性の無いそれは、この先も静寂の中にある事を教える。
 おびただしい数の死体のことは、黙ったまま。
「……っ」
 食い荒らされた人間の残骸と、傷一つ無いバケモノの死体。
 人も、魔物も、所狭しと並ぶ、血肉の海。
 足が竦む。ダメだ。喉が焼ける。怯むな。
 とにかく、足を進めろ、無理にでも。
 死体の山から装備を回収。殆どの連中が強化弾装備だった。
 ……水銀弾、そんなに効果はないとロッソが言ってなかっただろうか。
 それを、何故こんな大量に?無いよりは遙かにマシなのかもしれないが。
 とにかく歩いた。薄暗い廊下。扉を開ける。
 視界が途端に明るくなった。
 月が綺麗だった。
 電源の落ちた室内より、月明かりに照らされた屋外の方が、展望ラウンジの方が余程明るい。
「こんな皮肉があるか……」
 そこにだって、やはり転がってる肉の塊。
 人だったものは、相変わらず食い荒らされていたが、明度の増したラウンジだから気付いた。
 バケモノの体に、傷らしい傷。
 焼けこげたような……マスクがなかったら本当にそんな臭いがしたかもしれない。
「中のも、そうか……?」
 やったのは、人間?
 死体検分もかねて、装備の回収に余念のない自分が嫌になる。
 部屋の端まで辿り着いてふと、しかいに場違いな物があるのに気付く。
 インスタントの、ハンバーガー。
 目の前に自販機があるからそうでも無いか。
 そういやここのバイトに決まった奴、今頃どうしてるのかな。
 ……探すべき物は見つからなかった。
 まさか椅子の足や観葉植物をへし折って使うわけにもいかないし。
 添え木の他に、杖代わりになりそうなものも無意識のうちに探していた。
 愚の骨頂だと思う。足手まとい所か、私が殺しかねない。
 それでも、死体の群を眺めると思う。
 独りは、嫌だ。
 早く見つけよう。応急キットも十分ある。無理矢理ギブスを作るぐらい。
 更に先へ、扉を開けたその先で。

……くっちゃ、くっちゃ……

 バケモノがお食事の真っ最中。
 黄色い目が、こっち向く。
 気付かれた。
「キシャーッ!」
「!!!!!」
 体を翻す。さっきまで首があったとこを薄汚いオレンジの影が走る。
 ガラスの割れる音がする……自滅?
 ……振り返る。飛んでる。大きい、しかし体の割に小さい羽で。
「くそっ!!」
 銃を構えるより飛び込むのが早い。
 体当たりで叩き割った窓ガラスの破片など、意に介して無い。
 動きを、動きを止めないと。
 3度目、狭いラウンジの中をジグザグに逃げてる結果どうなるか。
 風が寒い。
 ドアに向かおうとすればまず行く手をふさがれる。
 ガラス戸はもうその意味が無い。
 外の怪物。中の自分。内側だけで逃げ回るハメになったら、落下の危険と戦わざるを得なくなる。
 装備は、マシンガンと、対人手榴弾……。
 チャンスは、窓の外に向かう突進。
 身を翻す。壁を手前に、背後に回る。
 壁に足をつけたまま、反動による第二派を回避。
 派手な花火になりそうだっ……!
 投げつけたそれは、過たず獲物に向かい、
 ぽふっ
 ……実に間抜けな音を立てて顔面を捉えた。
 何で、この期に及んでハンバーガーと手榴弾間違える自分。
 何やらもそもそと動いているので、多分食い物という理解は……銃口を構える。
 狙うのは翼。
「最後の晩餐は満足か?」
 動かない的を射抜くのは、造作も無かった。

 結局、巡り巡って元のエレベーターホール。
 静かだった。だから聞こえた。
 微かな音。蒸気が噴き出すような、規則正しい音。
 近くの扉を開く。巨大な機械の並んだコンピュータルーム。
 音の正体は、その奥で壊れた自動ドアだった。
 目当ての物になりそうなものは期待出来なかった。出ようと思う。思った。
 扉一枚隔てた背後でコウモリの羽音が聞こえて来なければ。
「……どうすんだ」
 強化弾は随分あった。補充した分もしかり。
 それでも、何時何があるか解ったものでは無いから倹約するに越したことはない。
 奥の扉を調べようと思ったのは、タダの時間つぶしだった。
 気密室の向こうの扉……馬鹿だと思う。何がいるか解ったものじゃないのに。
 堅い扉。半開きになった先に、拳銃が転がっていた。
 拾い上げはしたが、見覚えがあると思ったのは、部屋の中を見た時だった。
「……っ!!」
 知覚より先に行動が先んじる。
 飛び散った粘液。脈動し、血の滴る天井。
 その鼓動が一回を数える前に扉を閉めた。
 拾った拳銃は、クラウディアに渡した……この部屋の真上は……秘書室?
 離れて……逃げ……。
 背後の自動扉から、何かがぶつかる音がする。
「……最悪」
 何でバケモノが扉開けられるんだよ。
 何処にそんな知能があるんだよ。
 ドアが軋んでる。バケモノが飛んでる。
 次突撃されたら、多分壊れる。
 後ろには、行きたくない。
 自動ドアは、もうドアでなくなってる。機能を無くした、ただのアクリル版。
 だけど、私が思いついたことの残酷さを考えれば、このまま、ドアごと潰された方が良かったのかもしれない。
 後ろ手に、ドアのバルブを緩める。
 出るな、出るな。そう祈りながら見るバケモノの突進は、嫌に緩やかに見えた。
 激突。砕けるガラス戸。身を翻し、バケモノが扉の奥に飲み込まれるのを見る。
「ッ!!」
 閉めた。無我夢中でバルブを閉める。
 バケモノの外見通りの醜悪な声が聞こえる。
 悲鳴に似た声。本能で恐怖を感じるような声。
 鼓膜が震えてる間中、バルブを、回らなくなっても閉め続け……。

 やがて何も聞こえなくなった。

 逃げた。自分がバケモノの二の舞になる前に。
 パイプ椅子が足に絡まる。へし折れたその足を拾い上げる。
 僅かに残った理性が、これは使えるぞと言っていた。
 目敏いというか図々しいというか、悪いことではないからいいようなものの……。
 蹴破るように広間へ抜けた。
 その時、トイレの個室が目に付いた。
 時間だけを考えるなら、ここが手っ取り早いことに気付く。
 防護服は着てる。足の切り傷は見受けられなかった。
 ブラシとモップで添え木と杖は事足りる。
「アホだ、自分……」
 時間以外の文句は聞いてやる義理はないが。

 その部屋は、遮蔽物一つで随分レイアウトが変わっていた。
 昇降機が上がっている。ただそれだけの事で。
 その影から、投げ出された足が見える。
 ……何のことはない。万一のことを考え、遮蔽物を作っておけば、物陰からバケモノを撃てる。
 ただ、体力の減少のせいで、眠ってしまった。
 バケモノが入った形跡は、無かったんだから……。
「おい」
 どうして?
「添え木と、杖、持って来た」
 何故、こんなにも何もできない。
「安全確保しながらなら」
 道を一つ間違えただけで……。
「一緒に……」
 その男のマスクは、バイザーの中央に穴が開いていた。
 その表情は、ひび割れたガラスに阻まれて見えなかった。
 もう、杖も添え木も、必要なかった。
「おい……」
 肩を掴む。防護服の上。筋肉、全部差し引いても……冷たい。
 冷たくて、堅くて、重い。
「おい!しっかりしろ!!」
 まだ、名前も聞いていない。
「起きろ!目を開けろ名無しのジャック!!」
 起きてよ。
 ここで眠ったら、身元不明のジャックだぞ。
 胸ぐらを持ち上げる。腕は力無く垂れ下がる所か角度を変えることさえない。
「何で……」
 そうだ。私達は、人を殺しに、ここに来たんだ。
 ……馬鹿だ。
 定められた敵は、最初から人間だった。
 あんな扉一枚に、何の意味がある。
 行くべきだった。
 無理にでも連れて行くべきだった。
 横に重さを感じていれば、あんな無為な寄り道なんてしなかった。
 置き去りにしなければ、こんな所で、何もできずに死んじゃったり……。
「もう……嫌だよ……」
 馬鹿だよ。街を彷徨ってりゃ、まだ、まだ何とか……。
 残ってる連中と、一緒にいれば良かったじゃない。
 怪しい宗教団体なんて、何でほいほいついて……。
 ロッソは……どうして……。
 イドは……中身は子供だったのに……。
 班長……別れた奥さんいるって……。
 私……帰る場所が無い……。

 誰が……どうして……。

 もう嫌だった。一歩も、動きたくなかった。
 なのに、下手人の手に掛かっていいと思っていたのは、側の気配に気付くまでだった。
「あの……」
 人間だった。
 漆黒のコート。先の尖った奇妙な帽子。
 あまりに、異質な姿だった。
 死神だった。
「く……」
「?」
「来るなああああああああっ!!」
「!!」
 コイツが、コイツが、コイツが、コイツが、コイツが、コイツが、コイツが!
「お、落ち着……」
「あああああああああああああっ!」
 銃口を向ける。
 照準を合わせる。
 基本となるべく動きは、意識の外。
「くっ……!」
 標的を見失う。
 体の動きが、何かに遮られた。

 そのあたりから、理性は、音もなく姿を消した。

 ……最初に気付いたのは、脇腹に走る鈍痛。
 視線の先に、何も無かった。
 鈍痛に意識が埋もれかける。
 その中で知る。

 ……肩に残る痛みが意識を手放し荒れ狂った報い。

 ……鼓膜に残る余韻が、自分の悲鳴の残滓。

 冷たい床の感触。

 横目に見える、躯となった男。

 沈みかけた意識に響く、安堵の声。

「……じゃ、ない……」

 つられるように、私の意識も闇に堕ちた。
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[ 2006/10/04 14:38 ] MFD | TB(0) | CM(0)
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